2012年07月18日

書評『危ない大学』

あるお客様から、広義でいう「青少年の教育」についてのご相談を受けまして、
教育について、いろんなものを見たり読んだり調べたりしてます。

その中で読んだ1冊がこれ。
ダイヤモンド社刊『危ない大学』
メルトダウンが止まらない「崖っぷち大学」。定員の7割に満たない危険信号大学58校、定員の5割に満たないカウントダウン大学13校。高校生の2人に1人が大学に進学し、大学の定員総数が進学希望者を上回る「大学全入時代」。その知られざる実態を当事者たちのナマ証言で解き明かす。
(BOOKデータベースより引用)

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小生がお客様からいただいているターゲット層は主に『高校生』になるので、この本は第二義的な位置づけで
読んだものであるが、なるほど大学も受験生が「レベル」を問わなければどこかの大学には入れるという
「大学全入時代」となり、大学の現状も私が学生だった頃に比べてずいぶんと様変わりしたようである。

気になったのは「ミスマッチ」。

大学とはそもそも何であるのだろう。高等な教育を受け、学業や研究に打ち込み、大学側は社会に有益な人材を輩出する。そのことが大目的である、と思っていたのだが、どうも昨今はそうではないらしい。
「選びさえ」しなければ、どこかの大学に入れる。結果として、受験勉強しなくても大学に入れる。
そこで起こることは、大学に入ったものの、分数の計算ができない、アルファベットすら書けないようような
学生が大学生となってしまう。

大学側としては高等な教育を教授する以前に、学生に対して小学校や中学校で学習しているはずのことを
「基礎コミュニケーション」というような立て付けで教えるところから始めなければならない。

これでは、社会に対して、有益な人材など輩出できないのではないだろうか。
先行き不透明な不景気が続く中、学生の就職活動がたいへん困難になっていると聞く。
だが、これは何も経済が不透明なことにあるのではないのかもしれない。
大学側が「学士」として充分な能力を持った学生を排出できていないのではないか。

とは言え、大学もいまは生き残りをかけた競争にさらされている。大義名分よりも、大学の実績として
就職率をあげることが至上の目的と化している。

もう一つのミスマッチ。
そのような状況にある大学に入った学生はどう感じるであろうか。

大学に入れば就職できるという事が必ずしも保証されない現代。
また本来、勉強や研究をしたいと志して大学に入った学生は、実際はまた小学校や中学校で習ったことの
繰り返しと、就職のための履歴書の書き方などを教えられて満足するであろうか。
そこにギャップが生じ、ドロップアウトしてそのまま社会からも離脱し、ニートや引きこもりという
新たな社会問題の予備群と化していくのではないだろうか。


書評が目的でなく、教育の現状をリサーチし、解決策を考えることが小生のミッションであるため、
ざっと感じたばかりの稚拙な「読後感」であるが、どうも色々と根深い問題ばかりである。



posted by アッキー at 12:05| 神奈川 ☀| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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